書籍情報

花を揺らす風【特別版イラスト入り】

花を揺らす風【特別版イラスト入り】

著者:春原いずみ

イラスト:小路龍流

発売年月日:2015年06月05日

定価:918円(本体850円+税)

「暁人さんは……少しだけずるい」 男性用フレグランスの調香をすることになった。香りのイメージを薔薇に求めた彼は、訪れた薔薇園でその薔薇の交配を手がける桂樹と出会う。周囲から『天才』と呼ばれ、同じ孤独を味わう2人は惹かれ合っていく。しかし、最愛の兄を奪っていこうとする向坂に、桂樹の弟・郁は嫉妬心を抑えきれず、ついに…!?

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登場人物

向坂暁人(サキサカアキト)
女性用のフレグランスを数多く手がける天才調香師。香りに対する情熱は誰にも負けない。しかし時としてその情熱で周りが見えず、自分勝手で傍若無人な振る舞いをしてしまう。
秋元桂樹(アキモトケイジュ)
秋元薔薇園の三代目で、薔薇の交配を行っている。色白で整った美貌と、豊富な薔薇の知識を持つ。形や色よりも香りを重視した薔薇を作りたいと考えている。

立ち読み

「桂樹の肌は……どこも薔薇の香りがする」
耳元に告げられる甘すぎる言葉に、桂樹はきゅっと眉根を寄せ、肩をすくませた。
外で作業をすることの多い桂樹の肌は、日に焼けにくい体質とはいえ、やはりむき出しになっている部分はほんのりと色づいている。しかし、滑らかな肩や胸、すらりと伸びた素足は、生成のシーツに溶け込んでしまうほど白い。
「あの花……この手で摘んでくれたんだな……」
手袋をする間も惜しんだのだろう。桂樹のすんなりとした指は、あちこちに小さな傷を作っていた。その薄赤い痕を向坂は愛しげに唇と舌でたどる。
「……っ」
「……痛い?」
さらさらと髪を揺らして、桂樹が首を振った。緊張で冷たくなっている手をそっと包んで、自分の背に回させると、向坂は桂樹のしなやかな腰を抱き寄せる。
「……暁人さんも……薔薇の香りがする」
桂樹が吐息混じりの声で小さくつぶやいた。
「でも……甘いだけの香りじゃない……なんの香りだろう……」
そして、まるで子犬が鼻をすり寄せるように、向坂の首筋に顔を埋めてくる。滑らかな腕が向坂の髪を抱き、柔らかにかき撫でる。その仕草は大人びた優しさを秘めて、向坂の心と身体をふっと溶かしていく。
人の肌はどうしてこんなに柔らかく、温かいのだろう。どんなに優しい春の風も、太陽の光も届かない……それは天上のぬくもりだ。
「暁人さんの香りは……少しビターだね……」
くすくすと甘く笑いながら、桂樹が囁く。じゃれ合うような優しい接触に、桂樹の緊張もとけてきたのだろう。肌が少しずつ熱くなり、ほんのりと薔薇の色を昇らせる。
「ずっと……こうしていたくなる香りだ……」
「じゃあ……こうしていよう」
確かな鼓動を刻む温かな胸に唇を寄せて、向坂が微笑む。
「ずっと、こうしていよう」
「そんな……あ……っ」
桂樹が自分の上げてしまった声に驚いて、口元を押さえる。今まで、誰にも触れられたことのない柔らかな部分が、向坂の唇に宥められて、どこよりも熱く感じやすくなってしまっている。
「だめだ」
優しく、しかし容赦のない大人の手が、桂樹の指を握りこんでしまう。
「声はちゃんと出した方がいい。その方が……ずっと楽になれるから」
「え……あ……あ……っ」
ひんやりとしたシーツから抱き上げられ、桂樹は向坂の広い胸にすっぽりと抱き込まれてしまう。香りを操るしなやかな指が、桂樹の身体をゆっくりと愛される形に撓(たわ)めていく。
「ん……っ、う……っ」
かみしめようとした唇も、優しいキスとくわえさせられてしまった舌に暴かれる。
「あ……っ、ああ……っ」
「全部……俺にくれるんだろう……?」
少しだけ意地悪な大人の男の声。
「全部……ちゃんと見せて……」
「そ……んな……あ……っ!」
一重ではない薔薇の花心は、人目に触れることはない。そこはその花の持つ一種の聖域だ。交配家はそこに踏み込んでいく。そして、今の桂樹もまた、薔薇たちと同じ不思議な空間に放り出されていた。
「待っ……いや……っ」
恥ずかしさに声がかすれる。自分ですら触れたことのない花心を見つめられ、繰り返し宥められている。
「や……っ」
「……泣かないで」
知らない間にこぼれた涙をそっとキスでぬぐわれる。その唇はふわりと微笑んでいる。
「まだ……泣いちゃだめだよ」
「え……まだって……あ、ああ……っ!」
不思議な言葉に一瞬息を抜いた瞬間だった。
「ああ……んっ!」
突然襲ってきた凄まじい衝撃に、爪先も胸も喉も反りかえり、抑えきれない嬌声が溢れる。
「あ、あ……あっ!」
「桂……っ」
向坂の声が、身体の内側から響いてくる。刻まれる身体のリズムと胸を破りそうな鼓動、そして吐き出される甘い吐息。そのすべてが共鳴して、意識をどこまでも高く追いやる。
「暁人……暁人……っ!」
もう、桂樹には自分の上げている声が囁きなのか、叫びなのかわからない。ただ、身体に打ち込まれるリズムに共鳴して、蹄くだけだ。
「全部……俺のものだ……」
そして、身体の底を震わせる低い声。まるで呪文のように、その言葉は繰り返される。
「桂……全部……全部、俺のものだからな……っ」
刻みつけられてしまう。決して忘れることがないように。
桂樹は啼きながらうなずく。幾度も幾度も。
「あなたも……僕の……僕のものだから……っ。あ……ああ……っ!」
シーツの端にひとひらだけ残っていた花びらが、ゆっくりと床に落ちていく。
ゆっくりと。ゆっくりと。

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